IoTって?!

直近で某社の”IoT”のためのエネルギー管理手法とPCプログラムについての特許を訳してみました。

特許翻訳と向き合ってからというもの、自分の興味を持つ分野の技術に関して、参考となる文献を読んでみたりネット検索して知識を身につけるよう努力をしてきたつもりではありますが、特許というものの性質上、業界の常識にどっぷりとつかって、マニアックに知識を深めていく作業になります。

それはそれで楽しいのですが、今回のIoT絡みの勉強をするうち、すでに商品についてもいろいろと発売されていことを知りました。

今までは、”スマートビルディング”や“自動運転”など、『まだまだ遠いところで起きている変化』ととらえていた物事が、もうすでに身近に迫っていると感じました。

 

思い起こせば1980年代後半、我が家にもFAXがやってきた日を思い出します。

明治生まれの祖母は、紙に書かれた文字が瞬時に、音声の如くに相手方に届くことに驚いていました。

当時、メーカーの貿易部に所属していた私は、海外から入電する3枚複写のTELEX用紙を、毎朝定規を当てて切り分け、担当者ごとに配布し、自分も目を通して、テレックス特有の言い回しやアブリビエーションを学んだものです。

文字単位で課金されるため、だらだらと長文をしたためることは、当時してはいけないことだったのです。

FAXも導入されてはいましたが、まだまだ通信費が高かったんですね。

1990年代に入ってOSとしてWindowsが認識されてからのインターネットの普及にはものすごいスピード感がありました。

15年ほど子育てに没頭して社会復帰してみると、オフィスや仕事の仕方まで進化していてびっくりしましたね...ホントに。

社内は言うに及ばず、海外の支店や顧客ともほぼ全てがメールでのやり取りになっていて、メールの”CC”、”BCC”にも複数部署/氏名が入るので、受信するメールの数は一日100通以上!メールをさばくのに先ずは慣れなければなりませんでした。

グローバル企業だと、経理はシンガポール支社だから、夕方から現地とスカイプ会議があったりと、激変していました。

 

インターネットはいろんなものを変えてきました。

おととしの11月に、私が35年ほど前お世話になったホストファミリーのお母さんが亡くなりました。

私が日本に帰ってからも、何度か旅行の間に寄せていただいたり日本にも来ていただいたりと、長きにわたってお付き合いいただいた私にとってのアメリカのお母さんだったのですが、亡くなる数日前、ネット電話で顔を見て会話できたのが最後になりました。

訃報がホストブラザーからメールできて、そこに葬祭場のURLがあって、アクセスするとセレモニーの日時や故人の略歴、たくさんの写真などが公開されていて、訃報にふれた方々のお悔やみの言葉も随時公開されていました。

私もそちらのサイトで花を購入し、翌日にはメッセージと共に届けてもらうことができました。

もちろんお葬式は従来の形でも執り行われたのですが、いろいろな現場でインターネットが活用されているんだと痛感した瞬間です。

 

次回は、IoTについて、どんな技術が開発されてどのように生活にかかわっていくのかを考察していこうと思います。